引っ越し

割と最近引っ越しをした。
四月頃、大家さんから「今年の大雪でやられました。来年まで持ちそうにないので、七月までに退去をお願いします。」との通告があったためだ。
大家さんの言い分もむべなるかな。あらゆるものが朽ちている。水道管は破損し、床板は腐り、昼夜を問わずネズミどもが徘徊する。部屋から漂うかび臭さが服や体にしみこみ、ダニとかびのアレルギーでくしゃみは止まらず、目は充血し、皮膚炎を起こす。
15部屋ぐらいはあるはずなのだが、住人は俺を含めて、今ではわずか三人。一人は中国からの留学生、もう一人はポストから除く債権回収会社から届いた督促状のはがきが怪しい殺し屋みたいなオヤジ。家賃はわずか1万5千円程度なのに、これだけぼろいとさすがに人が寄りつかない。
俺が入居した頃はまだ住み込みの管理人のばぁさんがいて、毎日綺麗に掃除してくれていた。だから古い割には秩序の気配が感じられたのだが、ばぁさんが病気で子供たちに引き取られていった後は急速に朽ちて行った。

とはいえ結構気に入っていたのだ。可処分所得を広げるあの安い家賃に加えて、一回百円で6分間使える共同のシャワー室や同じく百円の洗濯機までついてたんだから貧乏ライフにはこれ以上の条件はないし、なにより「この家は我が人生のデフレを体現している!」なんていう自嘲気味のネタにはぴったりだったから。

だが、こうしたデフレ的損得勘定とアイロニーによる正当化こそが害悪なのだ。それらが心理的防壁となって、ぐずぐずとこのボロやにとどまりつづけさせ、共に朽ちて生かせていたのだ。
「今こそこの防壁を突破し、新たな地平を切り開かん!」と、とりあえず引っ越しの準備を始めた。