森岡孝二「働き過ぎの時代」岩波新書

「お客様は神様である」という格言は、経営者にとっての客のニーズにたいする応答性の重要性を示した経営哲学の言葉としてみることができるが、同時にその言葉はもっとも優れた労働管理のイデオロギーのひとつでもある。
「わたしが命令しているのではなく、お客様のニーズに応えるためだ」
「お客様の求めるよりよいサービスを提供するためだ。」
飽くなき消費者の要求に応える形をとる最強の労務管理
「われわれが君たちに命令して働かしているのではないのだよ、よりよいサービスを求める消費者が働かしているのだよ。」
そしてこの命令する消費者は労働者自身でもあるのが皮肉だ。この本の中にもアマゾンの過酷な労働の実態を告発する本をそのアマゾンに注文するシーンが描かれていたが、それこそが労働者=消費者が相互に管理者としてお互いを働かせあう社会、消費資本主義の社会だ。
しかしこれは単に人間の消費行動が本質的に問題であるとか、消費者のマインド(そして労働者の側のマインド)の問題であるというわけではない。消費者のニーズを企業が労務管理の手段に転換していることこそが問題なのだ。
こうした観念のトリックのみならず、企業は実際にさまざまな手段を用いて、責任主体としての地位を放棄しようとする。そうした企業にたいして、管理者としての責任を追及し、どのようにしたら首根っこをひっつかまえて責任を果たさせることができるのか、それこそが問題なのだ。森岡先生がこの本で問うているのはまさにこの企業の責任をいかにして追求するのかという問題である。
ニート君やフリーターの心理分析なんかして分かった気がして悦に入っているタイプの本は百害あって一利なし!